S 先生の思い出と奇妙な夢

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寝るのが好きで、夢を見るのが好き。起きている時も夢のような事ばかり言っている私ですが、このところ寝不足のせいか、夜、あまり面白い夢を見ません。
今日は、今までに見た<正夢>のようなものの中で、一番インパクトのあった夢の話を書こうと思います。

高校に入ったばかりの頃、私は美術評論家のS先生のファンでした。先生はよく、「芸術家の理念」ということを言っておられました。つまり、芸術作品の背後には芸術家の理念があり、作品はその現われなのだというような事だったと思います。少なくとも当時の私は、先生のお話をそのように理解していました。

私は先生の講演を聴いては本を読み、ああだろうか、こうだろうか、とあれこれ考え、次にまた先生のお話を聴きに行くと、ちょうどその間私が考えていたような事を先生がお話になるのでした。
私は歓喜し、「そうなんだ!やっぱりそうなんだ!」と心の中で叫んだものでした。先生の方では、学生の方はご覧にもならず、「僕の言いたい事を分かる人はいないんだろうけれど・・・」とおっしゃっていましたけれど。

先生は、「『Sは老いぼれた』と言われるようになったら、もう死ぬんだ」と言っておられました。
当時先生は50代でしたが、驚くほど若々しい精神と感性を持っておられ、その思考の展開の勢いは、思春期にある若者を圧倒するものがありました。毎回、次のお話を聴き、新たな真理に触れるが楽しみでした。

ところが、最後に一回、何ら目新しいものがないように感じ、はじめて少しがっかりしたことがありました。とはいえ、一般的に言えば、そうした事があるのは、むしろごく当たり前の事なのですが・・・。
後から考えると、それが先生の講演を拝聴できた最後の機会になってしまいました。

それから1,2年経った頃だったと思います。私はある朝、夢を見ました。
人のお葬式に出る夢です。

私が棺の前で手を合わせていると、突然霊が現われました。中年の男性の霊ですが、立派な人格者だということがすぐに分かったので、私は少しも怖れませんでした。
ところが、やがてその霊が苦しみ出したのです。
私は、これは大変だと思い、お焼香を続けながら、一心にお祈りをしました。
すると、私の手が勝手に動き出し、紙に文字を書き出すのです。自分では何を書いているのか分からないのですが、どうも、この霊が私に書かせているらしい・・・。
しかし、そうしている間に、何やら私も、どんどん苦しくなってきました。
最後に、これはただ事ではない、と思ったきり、意識が途絶えてしまいました・・・。

・・・・・・。

どれほど経ったのか、次に、自分の部屋で目が覚める夢。

「変な夢を見た」と思いました。
しかし、すぐに気になって急いで起き上がり、自分の書き物机の前に行ってみると、机の上に、あの夢の中で書いた紙が乗っているではありませんか!
「ああ、あの夢は本当だったんだ」と思いました。
その途端、私はぞっとして、今度は本当に目が覚めました。

後で新聞の死亡広告欄を見て、ちょうどその朝早い時刻に、S先生がお亡くなりになっていた事を知りました。確か、心臓麻痺か何かだったと記憶しています。

私はS先生の霊が夢に現われたとは思っていません。先生とは、知り合いというほどの関係でもありませんでしたから。
私が先生のファンだったので、どこか波長が一致し、一種の共時性のような事が起こったのだと解釈しています。

先生は、ご自分がおっしゃるとおりに生きて亡くなられたのだな、と思った瞬間、悲しみの感情を遥かに上回る畏敬の念が湧き起こり、改めて惜しい方をなくしたと思ったのでした。


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4 Comments

伊藤  

シンクロ二シティというのでしょうか。
とても興味深く読ませていただきました。
不思議な夢ですね。。。。
共時性、とは、その方がご存命の場合にある話なのでしょうか。
例えばもうこの世におられない方とシンクロする、というのはありえますか?
あると思われますか?(乱暴な質問ですが・・・・)

2012/03/06 (Tue) 22:35 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 伊藤さん

面白いご質問ですね。
おそらく、もとの意味では、偶然起こる一致に何か意味を見出す心理的な働きのことを言うのでしょうから、一致しているのを確認できる事に限られる(従って、この世の事のみ)ということになるのだと思います(たとえば、上の話では、私の夢とS先生の死という事実の一致)。

しかし、あの世というものがあると仮定して、スピリチュアリズム的な話をするなら、この世とあの世とは車の両輪のようなものだという説があります。そうだとすると、例えば、亡くなった方や先祖が成仏されているかどうかは、今生きている家族の様子から分かることになります。逆に言えば、残された家族が元気に生きていくことが、一番の供養だということでもあります。

2012/03/07 (Wed) 01:24 | EDIT | REPLY |   

伊藤  

…そうなんですね。両輪、という説はイメージつかめます。
その両輪の端にいるのは家族だけなのかしら。
例えば、他人でも同じかしら。。。

遠からず最近ちょっと身に覚えのある内容だったので、妙な質問をしてしまい
すみません。

シンクロはなんらかのメッセージであると考え、
そこにはこの世で生きる人間の前向きな受け取り方が必須である、と
考えいたったりします。

2012/03/08 (Thu) 01:28 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 伊藤さん

全くそういうことです。
単に興味本位で面白がるのではなく、そこで自分がどう生きるかという問題なのだと思います。

両輪の端にいるのは、単に家族だけではないでしょうね。

2012/03/08 (Thu) 02:10 | EDIT | REPLY |   

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