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2015

魂のこと、日本のこと / Indila "S.O.S"

CATEGORY考え事
1-IMG_6137.jpg


ただの個人的な考えですが、私にはちょっと汎神論的な考えがあって、いろんなものに魂があると思っています。
とりわけ、特色や個性のある一つのものには、それをそのようなものとして成り立たせている魂がある、と。


たとえば、一つの身体に一つの魂が宿っているように、一つの作品には、それを作り上げている一つの魂があります。
同様に、一つの国として成り立っているものには、それを形成している一つの魂があると思うのです。


もう少し小さいところでは「家」の魂というものもあるし、大きいところでは「地球」の魂というのもあると思います。
これは、もしかしたら<スピリチュアル>的には、「類魂」というような見方の一種かもしれません。
たとえば家族の事や国の事を、どこか我が事のように感じるのは、魂レベルで繋がっているから。
魂の領域における全体と一部、その他の部分との関係については、いつか気が向いたら書こうと思います。



ところで、私はよく<主観>と<客観>という二つの面で、ものを見ます。
人間の場合だと、まず<客観>的な面が身体で、<主観>的な面が精神とか意識とかです。


私たちの魂においては、この二つの面は一体になっており、魂の存在(客観面)そのものが、そのまま魂の意識(主観面)です。
これが、物質的な次元に現われる時には、私たちの身体と、身体の内にある私たちの意識(五感に頼って働く意識)とに分かれます。


国の魂が一つの国を作って成り立たせるときも、その二つの方向が分かれて出来ると思います。
その場合、<主観>的な方向に国民性や国柄が見られ、<客観>的な方向に国土やその国の気候風土が見られることになります。


国民性や国柄の担い手、つまり国の魂の<主観>的な面の担い手は、言うまでもなく、私たち自身の意識の一面です。
私たち個々人の魂が、<客観>的な方面において、日本人の血筋を選んで日本の国土に生まれてくるというのは、その部分に対応する<主観>的な方面において、日本の魂の意識面となるということです。
さきほども書きましたように、それらの意識面と物質面とは、もともと別のものではなく、魂の次元では一つにくっついています。


それで、私たちの意識が荒れると、国土が荒れる、国土が荒れると私たちの意識が荒れます。
「国なんて、どうでもいいや~」と思うと、国土が失われていくことにもなります。
まあ、物質的な因果関係で考えても、当たり前なのですけれどね・・。


日本全体の魂を大切に思う意識が、日本の国土や、その中にいる日本人の身体を安全に保ちます。

魂的には、日本の魂を大切に思う精神が、魂を通じた力となって、日本の国土を自然災害からも守っている、(あるいは、その逆の事が起きる)、と思うのです。



日本人は、なぜ自分たちの事を大切にしてあげないのかな、と思います。


                ◇


今日の音楽は、フランスのシンガー Indila (インディラ)の "S.O.S" を付けておきます。




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6 Comments

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2015/08/15 (Sat) 01:27 | EDIT | REPLY |   

korva  

Arianeさん、こんにちは^^

とても共感できる記事でした。

今の私の日本に対する思いは、郷土愛に近い感情です。
郷土愛を持つことに対して否定的な人はあまりいないようですが、
愛国心を持つことに対しては、結構 否定的な人が多いようです。

間違った教育のせいか、
日本人でも、無意識的に、
「日本=悪」という定義を持っている人が、
非常に多いと感じます。

最初に「日本=悪」と定義すると、
日本の悪いところしか見えなくなりますが、
日本も、他の国と同じように、
良いところもあれば悪いところもありますし、
それ自体、善でも悪でもないと思います。

自分を善とするためには、
悪である日本を否定しなければなりませんし、
そうしたところで、結局「自分=日本人」なので、
日本を否定することは、自分を否定することでもあります。
そこで、何とか、自分は日本人ではなく、
「地球市民」だとか定義したりして精神的安定を図ったり。

何かを悪と定義すると、それは滅ぶべきもの、
滅んでもかまわないものと、無意識的に考えますが、
それが、国家の免疫システムである軍などを、
弱めようとする意識になるのかもしれません。
免疫システムがなくなれば、
その生体に対して悪意を持つものに、
生殺与奪の権利を与えることになります。

何かを悪と定義すると、
定義した対象から、自分も悪だと定義されます。
そして、自分が属する集団に対して悪だと定義すると、
自分は正しいことをしているつもりでも、
結果的に、その集団の中で癌細胞化し、
その集団を弱体化する効果があるのだと思います。

日本の中で、自分が癌細胞化しないためには、
「日本=悪」の定義を捨てて、
日本と言う生体をよりよくするための
一員の意識を持つ必要があるのかなと思います。

2015/08/15 (Sat) 13:09 | EDIT | REPLY |   

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2015/08/15 (Sat) 13:43 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 鍵コメさん

鍵コメさん
こんにちは^^
コメントありがとうございます。

あの風景のお写真の色は、現実の通りなんですね。
随分きれいな所もあるものですね。
私はごく若かった頃から、観光地とか、お天気も晴天とかに、あまり魅力を感じませんでした。
今の方が、普通に、そういうのも良いかな、と思うようになりましたが・・笑
とても素敵なお写真で、走る車の中から、あまり構図やピントを考えずに撮影されていたとは驚きました。

「素直にそうだな、と思う」というのは、私にとっては滅多になく嬉しいお言葉です。
私が近年書くことは、たまたま同じ感覚の方でないと、分かり難いのではないか、という気もしているので・・。
感覚や好みを共有できる方と出会えるのは、ブログ上の楽しみの一つですね。

2015/08/15 (Sat) 15:32 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: Korva さん

Korva さん、いつもありがとうございます^^
共感して頂けて嬉しいです。

「日本=悪」という図式は、もともと戦後の占領政策を上手く行うために強調されたものだと思いますし、日本人たちも含めて、それが好都合だった人たちが多すぎるあたりに不信感を抱きます。
そして、前提に不自然なところがあると、当然その後の展開も不自然になりますし、あちらこちらで矛盾にぶつかりますから、考えも成熟していかないと思うのです。

また、世界の中で日本人だけ、個々人の意識ばかりで、国全体という意識が希薄だと、国全体という意識を持って、一致団結して自国の利害を図ってくる人たちより弱くなるし、そういう人たちが、日本を切り崩していく隙だらけになりますね。

「国なんて悪いものなのだから、なくなって構わない」と考えて、日本という国がなくなった時、世界の中で日本人の立場がどれほど悲惨なものになるか、分からないと思います。

悪い日本人たちの中で、自分は「反省」して、良い人になっていると言っても、所詮、外国人たちに劣る民族の中で、自分は少しマシという位置づけでしかありません。
こういう人たちの美意識というのは、つくづく美的じゃないなぁ、と思います。

私も、日本に良いところも悪いところもあると思っています。
日本人の思考力の低さは、まさに日本精神の所産でもあるような気がします。
日本人は、「これは、こういうものだ」という定義が美しく立派なものであるところでは、わりあい無心に立派に振る舞えると思いますが、定義や前提そのものを扱う能力を発達させてこなかったと思います。
一旦、怪しい前提が与えられて定着してしまった限り、日本人は思考力を身に付けなくては、どうしようもないのではないかと危惧しています。

2015/08/15 (Sat) 16:04 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 鍵コメさん

鍵コメさん、こんにちは^^
コメントありがとうございます。

ご指摘の通り、「これは善である」とか「悪である」といった定義に縛られたまま思考してしまうことは危険ですね。
「その手の方々は大抵、人の話を最後まで聞けずに、途中で遮ってまで持論を展開する」、そして「いつの間にか本当にすべき論点から離れて行って、相手を貶めるためにあれこれ別の話をする」というパターンは、本当に嫌になるほど目に付きます。
というのも、最初から答えが決まっていて、相手の「間違った話」は聞く必要がないと思っているし、また、自分の結論が思考力によって出たものではなく、欲求やイメージ、理想等から出ているものだから、反対論者に理路整然と説明できないのだと思います。
それで、ますます理屈ではなく、「善い」とか「悪い」とかいうイメージで、他の人たちの賛同を得ようと考えますね。
印象操作に頼ったり、人の感情に訴えたりするのは、きちんと説明できない理由があるからだと思います。

何にでも反対して、解決策を示さないというのは、無責任ですよね。
理想主義は、ニヒリズムに通じます。
おっしゃるように、そういう人たちの方が、自己反省をしませんね。

本当に自己自身を反省できる人は、人の話も聴けるだろうし、善とか悪とか、決めつけないと思います。

2015/08/15 (Sat) 16:25 | EDIT | REPLY |   

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