小澤真智子&NYアーバン・タンゴ・トリオ~祈りと情熱のタンゴ~

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今日は小澤真智子さんとNYアーバン・タンゴ・トリオによるアルゼンチン・タンゴのコンサートでした。

今までずっとアーバン・タンゴ・トリオとして一緒に活動されてきたアルゼンチンのピアニスト、オクタヴィオ・ブルネッティさんが昨年の夏に急逝され、今回は新たにアドリアン・エンスケさんを迎えての来日となりました。

オクタヴィオさんは小澤さんの婚約者でもあり、昨年、結婚式を目前に突然のご病気でお亡くなりになってしまい、そんな悲劇が実際にあることに驚きました。

小澤さんのコンサートでは、私はいつも感動して涙を抑えられないのですが、今回はオクタヴィオさんを亡くされて舞台に立たれるお姿を目にしただけで、最初から胸が一杯でした。

今回のツアーが企画された昨年の春は、オクタヴィオさんがお元気で、実現を楽しみにされていたとのことで、オクタヴィオさんの意志を叶えるためにも、このコンサートをなさったそうです。

でも、音楽の力というのは偉大なもので、演奏している間は幸せな気持ちだったと、最後のアンコールの際に小澤さんがおっしゃっていました。
才能の豊かな方というのは担うものもまた大きく、きっとこうした方の奏でる音楽が、世の中の悲しみに沈む多くの人々を、悲嘆の底から救い上げる力を持つのではないか、という気がしました。

いつものことですが、小澤さんのコンサートには生演奏の良さがあって、最初から最後まで続く集中力と緊張感により聴衆も音楽の世界に引き込まれます。
プログラムの構成もよく考えられているのだと思いますが、いつも終盤は特に盛り上がり、演奏会終了後に皆が感動して席を立つ様子が伝わってきます。

小澤さんのこれからのご活躍にも期待しております。


                  ◇


3月3日(火)の日経ミューズサロンのコンサート・チケットは既に完売のようですが、3月2日(月)14:00開演の鎌倉でのコンサートは、もしかしたらまだチケットがあるかもしれません(主催 / MOミュージック企画 0467-44-1443)。

小澤美智子さんのブログは、こちら 小澤美智子の旅するヴァイオリン です。



アーバン・タンゴ・トリオの CD はこちら

アーバン・タンゴ・トリオ


                  ◇


今回のコンサートの演目から、小澤さんの演奏で、何曲かピアソラの音楽をアップします。

まず、『鮫(Escualo)』。
ピアソラは鮫釣りをしていた事があったそうです。
本当に、鮫が身体をうねらせて泳ぐ様子が目に浮かぶような曲です。

従来のアーバン・タンゴ・トリオの三人の方の演奏で、ピアノがオクタヴィオさん、ヴァイオリンが小澤さん、ベースが今回も見えたペドロ・ジラウドさんです。






『アディオス・ノニーノ』。
ピアソラがお父さんの追悼に書いた曲で、ピアソラの大曲です。
こちらも、アーバン・タンゴ・トリオの三名に、バンドネオン、ギターが加わったクインテットです。






今回、最後のアンコールで演奏されたピアソラ『アヴェ・マリア』。
この『アヴェ・マリア』にしても、上の『アディオス・ノニーノ』にしても、前半に演奏された『忘却(Oblivion)』にしても、一音一音が胸に刻まれました。

下の YouTube は、オクタヴィオさんの追悼のための演奏だったようです。
今日の演奏でも、日本が大好きだった生前のオクタヴィオさんの面影を偲び、小澤さんの胸中を思い、涙を禁じえなかった方が客席にたくさんいらしたようでした。







オクタヴィオさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。



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6 Comments

コウコ  

小澤真智子さんとNYアーバン・タンゴ・トリオのアルゼンチン・タンゴの
コンサートの様子が目に浮かぶようでした。
演目を小澤さんが演奏されているYou Tubeで聴かせて頂き、生演奏は
さぞかし感動的だったのではと思いました。
亡くなられたオクタヴィオさんのツアー実現の意志を叶えるための
コンサートでもあったのですね。演奏から祈りと情熱を受けとめました。
心からオクタヴィオさんのご冥福をお祈りいたします。

ピアソラといえば「リベルタンゴ」しか知りませんでしたので、興味を
覚えました。有難うございました。

前回の江の電の車窓からの眺めは素晴らしいです。
鎌倉高校前の駅の踏切は超有名スポットなのですね。
昭和の面影があって郷愁を覚えます。
人々の光景が、ドラマのシーンに見えてきますね。

2015/03/02 (Mon) 00:47 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: コウコさん

コウコさん、こんにちは^^
いつもコメントありがとうございます。

生演奏はやはり感動的でした。
聴衆を惹き付ける魅力のある演奏家です。
オクタヴィオさんのピアノも数年来お聴きしていたので、とても淋しいです。
主人もオクタヴィオさんがピアノ演奏をするアーバン・タンゴ・トリオを聴いて、ピアソラを好きになったようでした。
お察し頂きましたように、オクタヴィオさんの追悼のお気持ちから、「祈りと情熱のタンゴ」という今回のコンサートのタイトルが付けられたようです。
小澤さんには、これからもタンゴの演奏を続けていって頂きたいです。
とにかく素晴らしいので・・。

「リベルタンゴ」は有名ですね。
今回のコンサートでも、アンコールの一曲目は「リベルタンゴ」でした。
やはり会場が盛り上がりました。

前回の写真もお褒めくださいまして、ありがとうございます。
この辺りは綺麗ですね。
レトロな江ノ電と、日暮れ時の雰囲気が重なって、ちょっと昔懐かしい写真になったかもしれません。
子供の頃、夕方家路につく人たちを見ると、郷愁に似たもの淋しさを感じて、自分も慌てて家に帰りたくなったのを思い出しました。

2015/03/02 (Mon) 10:01 | EDIT | REPLY |   

Violetta  

Ariane さまこんばんは〜。
アルゼンチン・タンゴのコンサートに行ってこられたのですね〜。
来日されるはずのオクタヴィオさん。。残念でしたね。。
アルゼンチンタンゴと言えばやっぱり情熱的で,血が騒ぎますよね〜。
こういうコンサートにはちょっと夜の雰囲気でお洒落して出かけたくなりますね^^
「リベルタンゴ」私も好きな曲です。
この曲は人気があるので色んな楽器で演奏されていますね〜。
オクタヴィオさんの追悼のための演奏も聴かせていただきました。
心に響く良い演奏ですね〜。
オクタヴィオさんのご冥福をお祈り致しております。

2015/03/02 (Mon) 20:48 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: Violetta さま

Violetta さま、こんにちは^^
いつもコメントありがとうございます。

久しぶりにお洒落をして夜のコンサートに行ってまいりました。
アルゼンチンタンゴは情熱的ですが、特にピアソラは洗練されていて、良いですね。
「リベルタンゴ」、Violetta さまもお好きですか^^
私は、この曲は昔アルゼンチンタンゴのダンスを習っていた時に踊ったことがあって、懐かしいです。
ピアソラのタンゴは、ダンスを踊るための従来のタンゴと違って、クラシック音楽やジャズの要素が入り、コンサート会場で聴く音楽で、Nuevo tango と言うそうですね。
確かに、ダンス・ホールで踊れる感じの曲ではありませんが、「リベルタンゴ」はピアソラの曲としては踊りやすいかもしれません。

私は小澤さんのお母様を存じ上げており、オクタヴィオさんの事は昨年お母様から伺い、あまりのことに驚きました。
どれほどお辛いかと思うと、胸が詰まります。
小澤真智子さんにも、お母様にも、早くお元気になって頂きたいです。

2015/03/03 (Tue) 00:27 | EDIT | REPLY |   

Korva  

Arianeさん、お久しぶりです^^

「音楽の力というのは偉大なもので、演奏している間は幸せな気持ちだったと、最後のアンコールの際に小澤さんがおっしゃっていました。
才能の豊かな方というのは担うものもまた大きく、きっとこうした方の奏でる音楽が、世の中の悲しみに沈む多くの人々を、悲嘆の底から救い上げる力を持つのではないか、という気がしました。」

同感です。
音楽というのは、音に変換された感情のように感じるのですが、
音楽を聴くという行為は、自分の感情と、音楽という音に変換された感情との共鳴を求める行為という気がします。
なので、特に失意の時には、自分の心と共鳴を生じる音楽に触れることによって、
自分は一人ではないのだなとか、苦しみ悲しんでいるのは自分だけではないのだとか感じることで、
たとえ、それが自分の感情の勝手な投影であっても、
完全な孤独や絶望から救ってくれる力を、音楽というものは持っているのだと感じます。

2015/03/20 (Fri) 09:36 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: Korva さん

Korva さん、こんにちは^^
コメントありがとうございます!

確か Korva さんは、感情が自然と音に変換される、とおっしゃっていましたよね。
それは私からすると驚くべき感覚です。
私はせいぜい、確かシューマンが「6度の上昇は憧れを表す」と言ったという話を、どこかで聞いたのを思い出すくらいです。

「音楽を聴くという行為は、自分の感情と、音楽という音に変換された感情との共鳴を求める行為」というご指摘、なるほどですね!
この前の演奏会では、特に悲しげな曲でのすすり泣くようなヴァイオリンの音色が、深く心に刻まれました。
きっと、音楽に変換された感情と、演奏者の感情の共鳴、そしてそれを聴く者の感情の共鳴、といったことが起こるのでしょうね。

「自分は一人ではない」と感じられることは、人間にとって癒しになりますね。
そして、音楽にはそうした力があるのですね。
意外と長調の曲より短調の曲によって癒されるのは、そうした理由によるのだと思いました。

2015/03/20 (Fri) 17:00 | EDIT | REPLY |   

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