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2015

花 / カタルーニャの音楽 /どこかのユートピア&お金の話

CATEGORY日常
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以前、夫がフィルム・カメラで撮ったお花の写真を UP します。
下はイングリッシュ・ラベンダーの蕾でしょうか・・。



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                       ◇


今日の音楽は、カタルーニャの作曲家ベルナット・ヴィヴァンコス (Bernat Vivancos, バルセロナ, 1973年) の Lo jardí de la mort (『死の庭』)という歌です。
映像も歌声も非常に綺麗で、こちらの心も澄み切ってくる感じがします。
作曲家自身によるピアノ演奏です。





                       ◇


ところで最近、何人かの方のブログで、1996年に作られたフランス映画『美しき緑の星』が話題になっているのを知りました。
スピリチュアル分野で注目されている映画だそうです。

映画は観ていませんが、そうした記事を目にしたかぎりで、私がそのお話の中ですごく羨ましいと思ったのは、宇宙のどこかの進化した星で、貨幣経済が行われていない、というくだりです。


私も、お金のために仕事はしたくありません。
仕事なり、活動なりをする理由は、お金になるかどうかより、人や社会にとって価値があると信じるからだ、という事だし、後はせいぜい、自分のしたい事が人にも喜んで貰えたら良いな、といったところではダメなのでしょうか?

一応貨幣経済でも、ゴミの収集や公衆トイレのお掃除など、人が嫌がる仕事をする方たちに最も高い報酬を出し、人が羨む仕事や社会的地位の高い仕事は低い賃金で充分なのではないかと思うんですよね・・。
そうすれば、お金目的の人は社会的地位を目指さず、本当に心の底から社会に奉仕する精神の人たちが社会的地位に就くようになるでしょう。
せめてそうなったら、ユートピアではないでしょうか・・。(溜息)

だけど、日本は伝統的には、身分が高い人たちの方が金銭的には質素だったんですよね。
良い社会だったと思います・・。


一般的に、人に必要な事や喜ばれる事であっても、自分がやりたくてする仕事は最低賃金で良いのではないか、と思ってしまいます。
「仕事自体が報酬だ」というシャーロック・ホームズのあり方に共感します。


職人の世界に、「貧乏したけりゃ腕を磨け」という言葉があります。
父も職人ですから(父はその言葉は特に言っていませんが)、私も父の仕事を見ていて、それは尤もだと思います。
良い仕事をすることが命だから、お金に見合わないような手間をかけるのです。
それが職人魂。


スピリチュアル関係の本には、よく、「お金の心配をして不本意な生き方をするより、自分のしたいことをして生きなさい」という事が書かれているそうで、そういう話を聞くと、私自身はちょっとホッとします。
そうして来てしまったので。

でも、自分の事は二の次にして、ありとあらゆる不本意なものに耐え、家族を養うために頑張ってお金を稼いでいる世のお父さん方が、どれほど立派であるかは言うまでもなく、私にはとても真似できないなぁと思います。


                       ◇


「お金」というものがなければ、人は自分たちで食べられる分しか蓄えませんが、「お金」は腐らないので、無限に溜め込むということを覚えてしまったのだと思います。
そこから、今現在の暮らしが成り立っていることに感謝するのではなく、将来の保障まで十分にないと心配だと思うようになってしまったのではないでしょうか。


昔ちょっと聞いた話をご紹介します。

ある宗教の教祖さん(女性の方)が、家に大根があるのに、八百屋さんで大根が安く売られているのを見て、買い置きをしておくために、買ってしまわれた。
するとその日、なぜか信者さんたちが、次々と大根を持って現われ、置いて行っていかれたので、家がすっかり大根だらけになってしまった、というのです。
その時、教祖さんに神様からのお告げがあり、「吾はそなたに一度でもひもじい思いをさせたか。少しでも得をするために買い置きしようなどという欲をかいてはならない」とお叱りを受けたというお話でした。

上に書きましたように、私もお金の事を考えてきませんでしたが、それにもかかわらず、不思議な巡り合わせが何度もあって、一度も食べるのに困ったことがありません。
特に独身の頃など、生活が安定しない上に身体の具合が悪くて、8年間くらい寝たり起きたりでしたので、よく将来に不安を感じましたが、このお話を思い出すたびに、現在成り立っているという事自体が、神仏のご加護というものだろうと、感謝の念が湧いてくるようになりました。

何にせよ、いずれ死すべき人間が、未来永劫の安泰を願うのは、しょせん無理ですしね。


                       ◇


私がフランスにいたのは、もう20年以上前で、今のフランスを知っているわけではありませんが、少なくとも当時、パリでは日曜日はどのお店も閉まっていました。
皆、日曜日になる前に食料品などを買って置かなければなりません。

これは、安息日に仕事をしてはならないというキリスト教の教えに始まっている習慣なのでしょう。
今では多少例外措置も取られているようですが、基本的には法律でも日曜日の就労は禁止されているそうです。

宗教教義や法律として、私はこれは随分良い事だと思いました。
日曜日にお店が開いていたら人も便利だし、そのお店も儲かるでしょう。
でも、そういうことはしない。

フランス人の国民性もあるかもしれませんが、それによって、キリのないサービス競争が起き、皆がキリなく忙しくなるということを防ぐことができているような気がしました。
結果的にパリなどの大都市でさえ、フランス人の暮らしはゆったりしていて、時間的に豊かな感じがしました。


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8 Comments

はるま  

こんにちは~

リングボケがとても綺麗ですね~

本当に、お金のことを心配せずに、
今を楽しく生きていければ、
それに越したことはありませんね(^^)
老後のことも心配なければ、
もっとのんびりと暮らせていけるでしょう。
あくせく働いても、
やがては死にゆくもの、
楽しめるときに楽しんでおかないと、
つまらない人生になりますね。

2015/06/01 (Mon) 16:19 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: はるまさん

はるまさん、こんにちは^^
いつもコメントありがとうございます。

いや~、家族を養うために、一生懸命働いていらっしゃるお父様方は、本当に偉いと思うのですよ。
でも私はどうしても、お金を稼ぐための人生を生きるということができないんです^^;
生きたい人生を生きるためにお金が必要ということは、あると思いますが・・。
よく、フランス人はバカンスのために働いている、とか言われますが、
皆がのんびり暮らしている場所は、時間までゆったり流れているような気がしました^^
大都市と言われるパリですら、日本と比べたら遥かにのんびりしていたなぁと思うんです。

2015/06/01 (Mon) 20:14 | EDIT | REPLY |   

Violetta  

Arianeさまこんばんは^^

お久しぶりです^^
旦那さまの撮られたお写真美しいですね〜。
Arianeさまも旦那さまも本当にセンスが良くてお写真がお上手なんですね^^

今日の音楽「死の庭」聴かせていただきました。
歌っている歌手の方もピアノも素晴らしいですね!
本当に美しすぎて涙しました。
無になって歌える方って凄いです。
この歌の題名は死の庭ですが。。何故死の庭って題名なのか気になりました〜。。。

お仕事の話。。。私も結局好きな仕事しか出来ないタイプです^^;
それで儲ける事を考えていないんですよね〜。
本当あまり儲かりませんが好きな仕事が出来るのは本当、幸せだったりしますね。
男性は生活の為に一生懸命働いていて、本当尊敬しなければなりませんね。

フランスの日曜日は休みの日なんて良いですね。
そういうゆったりとした時間が持てるって大切ですものね。。。

2015/06/01 (Mon) 20:41 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: Violetta さま

Violetta さま、こんにちは^^
コメントありがとうございます。
このところお忙しそうですね。

主人は私に較べたら、ずっと写真が上手です^^

YouTube お聴きくださって、ありがとうございます。
私もなぜ「死の庭」なのか気になったのですが、カタルーニャ語(?)が分かりませんでした~。

芸術家の方も、芸術で儲けようとは、普通思われませんよね^^
お金より大事なことがありますよね!
職人の世界はまだお金に直結しますが、芸術や学問なんかは、お金の事を考えないから出来る、というものではないかと思います。
といっても、学問だと、大学教授のポストに就くことが目標という人が、もしかしたら主流で、私はどうも違和感をもってしまいます^^;

フランスは、日曜日はスーパーなども閉まっていました。
もちろん、コンビニなんてありませんでしたし・・笑
うっかりすると、日曜日に食べるものがない、なんてことも・・笑
普段の日も、スーパーはお昼休みが2時間ぐらい閉まってしまうんです。
それも、買い物の最中でも、時間になるとレジが閉まって、電気が消されて、追い出されるので、そうすると、また2時間後に出直しです・・笑
日本は、どこもサービスが行き届いていて、待たされないのに、多くの人がイライラ、せかせかしているんですよね。
フランスは日本では考えられないくらい不便ではあったけれど、のんびりしていて、私はどちらの世界が良いかというと、やっぱりフランスです!!

2015/06/01 (Mon) 22:22 | EDIT | REPLY |   

yuccalina  

アパリグラハ(不貪)

こんにちは。

ヨガにおいても、必要以上にお金や物をため込まないように(=アパリグラハ)と説かれているのですが、心理学的には貪ることが心の不安定と繋がっているようですね。貯蓄や買いだめをするタイプは鬱になりやすいとか?

以前マレーシアに住んでいた頃、中国系の人々は兎に角お金儲けに勤しんでいて、それはマレーにおいてとても不安定な立場だったからと聞きました。しかし、貯めても貯めても不安は解消されませんから、そこから社会奉仕に目覚めるお金持ちもいたりするんでしょうね。

一方で、江戸の人々は、稼いだお金をすぐに使ってしまったのは、天災や火事が多かったからと聞きます。金離れ、物離れが良いのは、余計な心配をせずに、楽しく生きる為に備わった智恵だったのかもしれません。最近地震や火山の噴火のニュースが相次いでいますが、日本は昔から天災が多い国でした。その中で諸行無常を実感してきたDNAを以ってすれば、お金の為だけに生きる虚しさに気付く人は決して少なくないと思います。

先日堀江貴文氏が言ってましたが、過去にとらわれず未来に脅えず今を生きる、を実戦出きれば、お金との付き合い方も自ずと身についてくるかもしれませんね。

2015/06/02 (Tue) 09:22 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: yuccalina さん

yuccalina さん、こんにちは^^
いつもコメントありがとうございます。

ヨガにも、必要以上にお金や物をため込まないように、という教えがあるんですね。
心理学的にも、貯蓄や買いだめをするタイプが鬱になりやすいというのは、興味深いですね。
お金や物を貯めておきたいと思うこと自体が、不安感の現われなのかもしれませんが・・。
家をゴミ屋敷にしてしまう人も、何か捨てられない理由があるようで、精神的な問題が何かありそうですよね。
安心できるように、ということを課題にしだすと、かえって不安な事や心配な事だらけになってくるような気がします。
ヘレン・ケラーが「『安全』とは、ほとんど迷信であり、自然界に存在しないものだ。長い目で見ると、危険を避けることが、まともに危険にさらされているよりも安全とは限らない。 人生は『恐れを知らない冒険』か、さもなくば『無』である」と言っているそうで、これは良い言葉だなぁと思いました。

江戸の人々が稼いだお金をすぐに使ってしまったのは、天災や火事が多かったからなのですね。
天災が多い一方で、日本はわりあい自然に恵まれてもいるし、日本人は四季の移り変わりなども楽しむ方で、過ぎ去るもの、移ろいゆくものを見送り、到来するものに心を向ける、というところがあるのかもしれませんね。

2015/06/02 (Tue) 19:25 | EDIT | REPLY |   

コウコ  

Arianeさん、お早うございます。

Arianeさんが独身の頃の8年間、寝たり起きたりだったと知り
ブログで知り合えたことにご縁を感じました。
私は中学では病気で隔離され、高校では闘病で休学しました。
その後は健康を取り戻し、反動で仕事が楽しくて熱中しました。
しかし20年ほど前からは難病を患っています。

詩人の高橋順子さんのご主人で、作家の車谷長吉さんが先日突然に
亡くなりました。高橋さんの講座は受けたことがあるので、ビックリ
致しました。
車谷さんの文章に・・・生は誕生に始まるのではなく生が破綻した
時に始まる・・・と云ったことが書かれてあったことを思い出し
ました。
私の場合は、病によってチャンスを与えられたのだと思うと前向き
になれます。

物とお金優先の無機質な社会から距離を置いている自分にとって
病を得たお陰だとさえ思うようになりました。
今は四季の移り変わりの中で、花鳥など自然に心を寄せることに
充実感を覚えています。

ラベンダーがあちこちで花盛りですね。
前回のお花の数々・・・ニューフェイスの可愛い花たちや香辛料に
使うコリアンダーをご紹介下さり有難うございました。

2015/06/03 (Wed) 10:14 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: コウコさん

コウコさん、こんにちは^^
いつもコメントありがとうございます。

長年ご病気を患っていらっしゃる方の中には、強靭な精神の持ち主がいらして、病気にも宗教的な修行に匹敵するくらいの意味があるように感じることがあります。
以前、手術の事も伺っていましたので、コウコさんもそうした方なのではないか、という気がしておりました。
私は、もともと先天性の心臓病でしたし、人並みの体力をもって動けた時期が今まで一度もなく、自分はなぜ人並みに生きられないのかと、随分気に病んだこともありました。
まだまだ達観できていないのですけれどね・・苦笑
三浦綾子さんが、二、三十代の13年間を脊椎カリエスで寝たきりで過ごしたという話を『道ありき わが青春の記』の中で書いていらして、非常に力づけられました。

車谷長吉さんの文章に、「生は誕生に始まるのではなく生が破綻した時に始まる」という言葉があるのですね。
人間は、敢えて人生の意味を問わない限り、死なないように生きるだけになってしまうかもしれませんね。
そして、せいぜいその中で、辛い事が少なく、楽しい事がたくさんあると良い、というような・・。
それで、逃れがたい苦しみや、「生の破綻」のような事に遭った時に、はじめて人生の意味を考え、そこから人生の転換があるのかもしれません。

コウコさんも、「物とお金優先の無機質な社会から距離を置いて」いらっしゃるんですね^^
たしかご主人様がギター奏者でいらっしゃるとのこと。
うちも夫婦揃ってそうですが、伴侶や職業の選択に、人生に求めるものがかなり明確に現れる気がしますね・・笑

2015/06/03 (Wed) 16:38 | EDIT | REPLY |   

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