哲学者の言葉~憂鬱な春に~

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近所の神社に参りましたら、満開の桜が快晴の空に映えて、心に染み入る美しさでした。

仕事の関係もあって、私は4月が一年中で一番嫌で、哀しい気分になりがちです。
しかし、目に入ってくるものがここまで美しいと、何やら物憂さや悲哀までもが感動的に思われ、それもまた、ワクワクするような人生の物語の一局面である気がしてくるので不思議です。


                 ◇


フランスの哲学者アランの言葉。

悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。
気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。
否、それだけではすまない。やがていらだち、怒り出す。

(『幸福論』より)


根拠がなくても、楽観的である必要があります。


                 ◇


知る人ぞ知る
ウチの哲学者の言葉。

期待ではなく、希望を持たなければならない。
期待は人を押しつぶし、しばしば裏切るが、希望は裏切ることがない。
希望とは何か?
存在の享受、即ち<美>である。
それは、<在る>ことを無条件に肯定することである。

(『書かれざる教説』より・・・なんてね。)




ふざけて書いてしまいましたが、主人の言うことは本当なんです。
どんな時でも希望を失わずにいられる人というのは、魂が明るいのだと思います。
私は、敢えて頑張らないと、ね・・・。

でも、お花の美しさは、何がなくても、世界が希望に値するものであることを、思い出させてくれるものではないでしょうか。


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                 ◇


今日の音楽。
存在感の肯定と言えば・・・モーツァルトでしょう!
私の趣味じゃない作曲家ですねぇ。
敢えて、私が好きなチェンバロで。




                 ◇

                 ◇

                 ◇

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16 Comments

ハゼドン  

春の想い・・・。

Ariane様

『書かれざる教説』のとある一つの解釈・・・。

季節の花々、木々を愛でる人の心は悠久の歴史の中で、決して変わることのない本質的なもののように思われます。

なのにどうして人間社会はこうも変貌を遂げてしまうのでしょうか、また些細な目の前の出来事に一喜一憂してしまうのでしょうか。

刹那の中に普遍的なものを見出し、歳月をかけ、建設的に構築されたものの中に何故か脆さが露呈されるという矛盾、春という季節にどうしてか、無力を感じさせられます。

「期待」は受動的な姿勢、「希望」は能動的で前向きな生き方と捉えることが出来ます。

自身の向上を確信して、常に前を向いて人生に取り組む、ここに存在の美しさが漲るのでしょうね。

哲学者のご主人はどのようなお仕事をされているのでしょう。

2014/04/06 (Sun) 06:21 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: ハゼドン様

ハゼドンさま!
コメントありがとうございます^^
普遍と刹那、鋭い切り口から大変有益なコメントを頂きました。

古来日本人は、季節の移り変わりを楽しむところがあり、桜もパッと咲いてパッと散るのを見て、趣や風情を感じたりしていますよね。
でも春は、体調や環境の変化に、どうかすると気持ちが付いていかず、物憂い気分になるのは、私だけではないかもしれません・・・。

桜が咲いて散る儚さも、長い目で見れば毎年の繰り返しで、刹那の変化も、普遍の展開の一局面にすぎないかもしれません。

そういった中で、変化を楽しめば良い事と、守っていかなくてはいけない事、敢えて変えていかなければいけない事とを見極めて行為することが大事なのでしょう・・・。
すぐに効果がでなければガッカリしてしまうのが「期待」ですが、常に前向きに人生に取り組むには、ハゼドン様もおっしゃる通り、能動的に「希望」を持ち続ける必要があると思います。
私にはとても難しく感じられることです。

ただ、普遍的な視点で見れば、一喜一憂もまた人生で、常に元気である必要はないのでしょうね。
落ち込まなければ良いだけのことだと思います。

今回は、ふざけて書いてしまいましたが、主人は大学の教員で、社会哲学系の哲学や生命倫理などを教えています。
あまり積極的に本や論文を書いてくれませんので、ちょっと皮肉を言ってみたくなりました(笑)

ご丁寧にお読み頂き、大変嬉しく思いました。
どうもありがとうございました。

2014/04/06 (Sun) 11:01 | EDIT | REPLY |   

コウコ  

希望とは存在の享受・即ち<美>である。
それは<在る>ことを無条件に肯定すること。
心に響く言葉ですね。真・善・美にも通じますね。

<在る>ことを無条件に肯定することは
大いなる愛もであります。自己中心にならないよう
広い心をもて、と自分自身に言い聞かせております。

2014/04/06 (Sun) 23:11 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: コウコ様

素敵なコメントを頂きまして、どうもありがとうございます!
共感して頂けて嬉しいです。

確かに、真や善の根底にあるのも、無条件の肯定感なのだと思います。
そして、おっしゃる通り、他者の存在に対する無条件の肯定は、愛ですね!
自分が特定の在り方をしていると、他者との違いや対立が生じてくるのは当然なことでもあり、そうしたところで他者の存在を認めるには、自己を離れるような視点が必要なのだと思います。
自己中心でない、広い心を、私も心がけたいと思います。

私も考えることが好きですので、こうした深いお考えを伺えるのは、大変嬉しいことです。
どうもありがとうございました。

2014/04/07 (Mon) 00:38 | EDIT | REPLY |   

yuccalina  

こんばんは。

楽観主義は意志によるもの、って分かる気がしました。私の両親は母が心配性で悲観的、父は楽観的でした。

ヨガでは今ここにある自分に集中しようと説いていてるのですが、そうすれば過去への悔いや未来への不安も解消され、心が安定すると。楽観とはそういうところから生まれるのかもしれませんね。

2014/04/07 (Mon) 00:51 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: yuccalina さん

こんばんは^^
いつもコメントありがとうございます。
私も、アランの言葉を聞いた時は、気分の赴くままになるんじゃなくて、敢えて意志の力で、楽観的な気持ちを保っていくようにする必要があるんだと気が付きました。

ヨガでも、「今ここにある自分」に集中するように説かれるのですね!
考えてみると、過去はもう存在しないし、未来はまだ存在しておらず、存在しているのって、現在だけなんですよね。
ですから、その存在しない過去や未来のために、存在している現在を不愉快なものにするのは、つまらないことなんだと思います。
未来に対する心配というものを捨てるだけで、相当楽観的になれそうな気がしますね。
私は、努力して、そうしないといけませんわ。

2014/04/07 (Mon) 01:14 | EDIT | REPLY |   

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2014/04/07 (Mon) 08:18 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 鍵コメ様

おはようございます。
ご丁寧でご親切なコメントを下さいまして、本当にありがとうございます。

私は数年前から人生の変化期に入っておりますが、大きな変化というものは、やはりきついですね。
鍵コメ様の温かく誠実なお人柄に癒されますし、ご縁に感謝しております。
また、こうした具体的なアドバイスは指針になり、とても助けになります。
鍵コメ様は、多くの方々を癒したり、力付けたりできる方ですね。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。

お気にかけてくださって、嬉しかったです。
どうもありがとうございました。

2014/04/07 (Mon) 09:38 | EDIT | REPLY |   

catcat  

「在る」ことを無条件に肯定する。なんて落ち着くことばでしょうか。それが一番心穏やかに過ごせる秘訣だと思います。私もいろんなことが起こりますがたとえそれが一見つらいことのように思えてもそれはきっと自分に何かを教えてくれているのだと思っているのでそう、悲観したり落ち込んだりしなくてすむようになりました。
若いころはどうしてこんなことになるのだろう?といちいち悩んだり悲しんだりしていたのでとても生き辛かったです。

2014/04/07 (Mon) 09:59 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: catcat さん!

こんにちは^^
コメント嬉しいです。ありがとうございます!

いろいろ辛い事を乗り越えていらしている方は、心穏やかに過ごせる秘訣を、ちゃんと体得していらっしゃるのですね。
経験から意味を汲み取ろうという態度があれば、辛い事ほど大きな学びにもなりますね。
すぐその場ではなかなか無理で、何年かかかることもありますが、私も、乗り越えた後で、「こういうことが起こって良かった」と、よく思います。
そして、これからもそのはずだ、と。

私も、落ち込まなくて済むようになったのは楽なのですが、どうも生来が悲観主義です。
悲観したり、落ち込んだりしていると、どうしてもふり幅が大きくなってしまうというのか、次の一歩に影響がいってしまいますから、無理やりにでも、悲観はしない方が良いのだと思うようになりました。
まだ、身に付くところまではいっていませんが。

2014/04/07 (Mon) 10:16 | EDIT | REPLY |   

Violetta  

こんばんは^^
今日も音楽と共に読ませていただきました・・。
モーツァルトの明るい音楽が・・・希望とか・・陽の雰囲気を出していますね~^^
旦那様の
>「待は人を押しつぶし、しばしば裏切るが、希望は裏切ることがない」
と言うお言葉・・素晴らしいですね・・。

私も・・希望を大切に思って生きていかなければと思いました・・。

綺麗にに咲いている桜・・・短期間で散ってしまう儚い花ですが・・
満開を見れると幸せを貰えますね^^

2014/04/07 (Mon) 17:32 | EDIT | REPLY |   

凛  

期待ではなく希望、在ることの肯定…。
とても大切で、シンプルで、深いことだなと思いました。
旦那様、さすが哲学者ですね。

私も昔は春がなんとなく悲しくて嫌いでした。
でも、今は好きです。花は本当にそこにあるだけで様々な愛の気持ちを与えてくれますね。


モーツァルトが趣味じゃない…
これもなんだか共感できます^ ^
なんででしょうね。

2014/04/08 (Tue) 15:37 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: Violetta さま

こんばんは^^
返信が遅くなってしまって、ごめんなさい!
いつもコメントくださって、どうもありがとうございます^^

いつも音楽も聴いてくださって、嬉しいです。
私はどちらかと言うと、ショパンのちょっとヒステリックな感じの曲とかが好きなほうですので、モーツァルトはどう聴いて良いのかよく分からないのですが、この曲は聴いていて気持ち良いかな~と思いました。
植物なども、モーツァルトを聴かせて育てると、よく育つとか聞きますよね^^

この季節、私は新学期で鬱々するのですが、お花の美しさには本当に癒されます。
いろいろあって、あちらの仕事は、残念ながら好きではないんです。

Violetta さまの未来が、希望に満ちたものになるように、お祈りしていますね^^

2014/04/08 (Tue) 21:29 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 凛さん

こんばんは^^
いつもコメントありがとうございます。

共感してくださって、嬉しいです^^
楽観して放置して、事態が悪化する事というのもあるでしょうから、きっと、やるべき事をやった上で、期待ではなく希望を持っているのが良いのでしょうね・・・。

お花は何もしないで咲いているだけで、多くの人を慰めますから、偉いな~なんて思います。

凛さんも、モーツァルト、趣味じゃないんですね。
仲間ですね~。
これからもよろしくお願いします^^

2014/04/08 (Tue) 21:48 | EDIT | REPLY |   

茶坊たがわ  

おはようございます♪

記事読みながら、救われたような気持ちになりました。

「気分にまかせて生きている人はみんな、悲しみにとらわれる。」

どうしてこんなに悲しいんだろうと、でもみんななんだなと
意志ですね(笑)
よい記事に出会いました。ありがとうございます。

2014/04/09 (Wed) 09:36 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 茶坊たがわ様!

おはようございます^^
コメントありがとうございます!

いやー、私も悲しいんです。
主人も悲しいみたいです。
でも、意志ですよね(・・・と自分に言い聞かせています)。
そうしている内に、花々も咲き、また良いことも起こってくるんだと思います!

そして・・・こうしたコメントを頂けると、やっぱり嬉しいです(嬉し涙)
どうもありがとうございました!

あ、そうそう、アランの『幸福論』は、岩波文庫から出ていて、読みやすいです^^

2014/04/09 (Wed) 10:25 | EDIT | REPLY |   

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