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2013

天然石と精神保健に関する私見

CATEGORY考え事
ちょっと唐突ですし、長くなりますので、精神病理的なことにご関心のない方は、どうぞ今日の記事はスルーしてくださいませ。

私が<天然石の効果>といった事について、当ブログやHPで<言い伝え>程度の記述にとどめていることには意図があります。
稀かもしれませんが、気を付けた方が良いタイプの方がいると思うからです。

充分な検証が行われているわけでもない私見を書くのはおよそ科学的ではないのですが、こちらのブログは、そもそもアクセサリー制作のブログですので、その限りでお読み頂ければ幸いです。

もともと私の専門分野は違いますが、精神疾患に罹ってしまった友人や知人が、なぜか若い頃から身の周りに随分たくさんいたり、精神科医で親しい人からいろんな話を聞く機会があったり、うちの主人も精神医学はわりと詳しかったり、自分でも少しは本を読んでいたり、そう言えば、私自身、一応「・・・精神医学会」と名が付く学会の会員でもあったりしています(近年はあまり顔を出していませんが)。

これから書かせて頂くことは、そうした個人的な経験を通じて、現段階で私が自分の仕方で理解し、考えている事です。



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通常、人の意識と無意識との間にはかなり強固な壁があります。
無意識の中には、良いものも悪いものも含まれていて、それが意識上に現われる時には大きな力を持ちます。
無意識の内容が意識化される時、たとえば夢などに見る場合はわりと生々しいですが、それでも一応は意味のある映像やストーリーになって、整理されて出てきます。
まして目覚めていて、無意識的なものを言語化する時には、言語という理知的な枠組みの中で整理されるため、無意識の中の危険なものは、大分、力をそがれます。
良いものも、その分、力が無くなるのですが、これは人間にとって結構重要な働きで、結局、自分が安全に使いこなせる力が、通常はその程度だということだと思うのです。

様々な宗教などで古来行われてきた呪術的な祭事などは、こうした無意識の領域にある大きな力を、人間の合理的な知性の働きを通じて弱めてしまうことなく、発揮させようとするものだと解釈できると思います。
そこでは<神仏>といった<絶対的に良いもの>が働いているという前提がありますから、普通は、無意識の中にある禍々しいものを読み取って、それを危険な形で取り出したりしなくて済むでしょう。
また私たち自身も、たとえば、神仏に向かって欲の深いお願いをしようというような非理性的な振る舞いを差し控えて、できるだけ立派な人間になろうと心掛けますから、こうした宗教的な場は、やはり通常は安全だと考えられます。
そうした意味で、宗教的儀礼は、無意識から良いものを取り出してくることのできる一つの方法ではないかと思いますが、ここにもきちんとした<形式>があって、整理がされているという点が重要だという気がします。
ただ、あまり形式化、形骸化が進むと、力も無くなるのですが。



IMG_0453-002.jpg



ところで、稀にですが、生まれつき、意識と無意識との間の壁があまり強固でない方がいらっしゃいます。
不安や恐れのようなものがきっかけになったりして、こうした方が、目に見えず、確かめようのない事まで、あれこれ探り始めると、いつの間にか無意識の領域に入り込み、意識との間にある壁に通路のようなものが出来てしまうことがあるように思います。
そこから無意識の内容が、整理されないまま大きな力を持って噴出してきて、妄想を形作ることがあります。
妄想というのは、なぜか不快で苦しいものが多いんですよね・・・。
そして、現実には確かめようのないはずの事なのに、自分では強固な確信を持つわけです。
こうなると、病院に行かなくてはなりません。

普通は、目に見えないことは確かめようがないから、あまり考えないようにしておこう、と思うわけですが、これは、意識と無意識との間の壁を健全に保つ、一つの良い方法なわけです。
無意識の領域にあるものを意識へと取り込むことは、しばしば非常に有意義な結果をもたらし、それによって意識が広がりますが、ある意味、病気と裏腹の世界へと降りて行くことです。
そこで、敢えてするなら、きちんとしたメソッドや指導のもとに行われることが望ましいですし、それでも、大きな有益な結果が出る場合ほど、そこに至る苦悩や危険も大きいものです。

ここで天然石の話に戻ります。
天然石のいわゆる<効果>も<目に見えない>ものの一つで、普通、そこから際限のない妄想が始まるほど、人は想像力豊かではありませんが、上に書いた傾向のある方に限っては、暗示のようなものをきっかけに、自ら無意識との間の壁を取り払い、その中にあるものを解き放ってしまうことがあります。
それでも、普段から善を心掛け、強い意志や信念を持っていらっしゃる方なら、その時出てきたものも、最終的には良い形で統合することができると思いますが、そうでない場合もあるかと思うと、慎重にならざるをえません。

それで私は、石の<言い伝え>という客観的な伝承の記述にとどめ、暗示的な要素はできるだけ避けるようにしています。
天然石の言い伝えを、安全な部分での心の支えにして頂けたら、それが素敵な事ではないかと思うのです。

ちなみに私自身は、天然石は、自分が気合いを入れようと思う時に持つだけです。


                   ◇

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                   ◇



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15 Comments

ドナ夫  

伝える際のバランスが難しいですよね。

Ariane様

今回の記事で、自分もいろいろと考えさせられました。
ありがとうございます。

人に意図を正しく伝えることは難しいことですし、その方がそれをどのように活用されるかは、うかがい知れないところもありますよね。
記載内容のバランスを取ることが難しいなと改めて感じました。

男の身ながら、天然石のブレスレットを自作して身に着けています。(汗)
最近は、男性でも身に着けている方が多くなってきたので、違和感がなく、ありがたいです。

記事のご公開、ありがとうございます。

2013/08/18 (Sun) 00:25 | EDIT | REPLY |   

yuccalina  

アーユルヴェーダの宝石療法

こんにちは。私は試したことないのですが、アーユルヴェーダには宝石療法があり、自分の体質に合う石を身に付ける様に勧めています。宗教とは関係無い様です。
目に見えなくても石に限らず、統べての物質の中にはエネルギーの流れで出来ているという考え方で、実際科学的にも、電子の集まりで出来てる訳で、強ち間違ってるとは思えません。多分触ったときの質感で、落ち着くもの、しっくりこないものがあったりするのは、そのエネルギーの流れのせいかも?
ただ、宝石はお金儲けに都合が良いので、悪いことに利用される心配がありますね。

2013/08/18 (Sun) 07:44 | EDIT | REPLY |   

yuccalina  

すみません、先のコメントちょっと論点がズレてたみたいなんで、追加させてください。

カラーセラピーもアーユルヴェーダ起源ですし、多分宝石による精神治療も同様かと思うのですが、ちょっと方向性が違ってきているんでしょうね。
もし宝石で暗示をかけられて精神のバランスを崩してしまうのであれは、アーユルヴェーダが目指してるものとは真逆の様です。

2013/08/18 (Sun) 07:56 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: ドナ夫様

コメントありがとうございます!
ちょっとマニアックな記事だったのですが、お読み頂けて嬉しいです。

こちらの意図と相手の受け取り方って、何かと違うものですが、精神的に不安定な方を惹き付ける領域では、いろんなケースがあるかもしれません。
伝え方としては、一般的で抽象的な表現はあまり問題ないと思うのですが、個別的で具体的、たとえば「この品物は、今のあなたにピッタリで、これから良い方向に導きます」っぽい事を言って、本文で書いたような意識と無意識の壁が曖昧になるタイプの方が、身の周りで起こるあらゆる事をそれに結び付けだすのは、ちょっと危険かもしれません。それが突拍子もない行動に結び付かなければ、まだ大丈夫ですが。

具体的に何とは書きませんが、いわゆる<スピリチュアル>な事をきっかけに精神病が始まってしまったり、逆にそうした事から離れて落ち着いてきたという知人も何人かいますので、そもそも、安易にスピリチュアルな事に深入りしない方が良いタイプの方もいらっしゃるのだと思います。
これは病気によって違っていて、精神病理全般という話ではないです。
勿論、スピリチュアルな事によって助けられる方も普通に大勢いらっしゃると思います。

ご感想くださって、どうもありがとうございました!

2013/08/18 (Sun) 11:17 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: yuccalina 様

コメントくださって、ありがとうございます!
そういえば、yuccalina 様はヨガの先生をしていらっしゃるんですよね。
カラーセラピーも、アーユルヴェーダが起源なのですね。

すべての物質がエネルギーの流れで出来ているという考え方は、私も全く同感です!
天然石も、触った時に落ち着くものもあるし、エネルギーが強いもの、あまりないもの、作っている方の気が入っているもの、身に付けている方の気が入っているもの、いろいろあると思います。
確かに、そうしたエネルギーを貰うことで救われたり、精神的に落ち着かれたり、癒されたりする方が大勢いらっしゃるものだと思いますし、私自身も例外ではありません。
その部分は、エネルギーのやり取りの話だと思うのですが、お察しの通り、それとは別に、心理的な要素というものが入ってくる可能性があるのではないかということです。
本文で書きましたのは<心理>というより<病理>というべき特殊なタイプの方のケースで、一般的には起こらないことですが、より一般的な場合でも、精神的に不安定で、自分に芯というか、主体性がない方の場合、頼ったり期待したりする心理がマイナスに働いて、ますます一人で立っていられなくなってしまったりすることもあるかと思います。
上のコメントでもちょっと書かせて頂きましたが、心の病と言っても、単なるうつ状態のような方で<スピリチュアル>が非常に合う方もいらっしゃるでしょうし、実際には、個々のケースを見て、いろんな要因を考え合わせる必要があるのではないかと思います。

貴重なご意見を頂きまして、どうもありがとうございました!

2013/08/18 (Sun) 13:01 | EDIT | REPLY |   

eiko  

とても面白かったです。

無意識と顕在意識との間に壁があるんですね。
人によってはその壁に通路ができてしまうなんて・・・
私自身振り返ってみますと、子供のころは非常に悪い想いが心の奥底に充満していたと思います。
夢も怖いものか悲しいものしか見なかったし、泣き叫んだりうなされることはしょっちゅうでした。
子供だからそういう壁を行ったり来たりが割と自由だったのでしょうね。

(ここで思い出しましたが、先日Arianeさんの夢を見ました。
フランス語でお互い話している夢です。
残念ながら私のフランス語が拙くて、Arianeさんに通じず、がっかりしてしまうのでした(笑)

今は不幸な夢は見ませんし、現実にもゲン担ぎしてはみるものの、結果が悪ければそれは迷信だったと都合のいいように解釈しますので、
せっかくの天然石パワーも宝の持ち腐れだったりして。
石にこういう意味や力があるよと、知っておくことは、意識を高めたいときや精神を安定させたいときには非常に心強いわけで、
無意識の中に、少しずつ良い想いを植え付けていく効果もあるのかなと思いました。

2013/08/18 (Sun) 19:31 | EDIT | REPLY |   

ハゼドン  

「天然石」に重ね合わせて

Ariane様

私はどちらかと言うと、占いや血液型判断など、非論理的なことは信じない人間です。
ただ天然石は、日本に限らず、世界中で、いにしえより、装飾品やお守りとして身につける習慣がありました。
古来の人たちは、天然石の持つ力を知っていたのでしょう。そして、実際になんらかの力があるということだと思うのです。
それはどのようなメカニズムであるのか、私にはわかりませんが、何かしらの力がやはりあるのだと思います。

天然石は、悠久の年月を経て、地球の内部の奥深くで、地球の大きな圧力と変動を受けることで出来上がっていくそうです。
まさに、地球によって生み出される物なのです。私たちが人工的に作った、機械や道具とは根本的に違うものです。
そして、私達自身も地球によって、作り出された物にほかありません。
そのように考えていくと、私は、天然石の持つパワーの存在は否定できないものと思われます。

我が日本国を含めての先進国諸国は、物質社会と自然環境との折り合いの限界にきているのではないでしょうか。
世界視野では、発展途上のアフリカ諸国、中国やインド、ベトナムなど、まだまだ物があまり行き渡っていない国々には、確かに物質は必要だと思います。
衣、食、住など、確かに物によって、人間は豊かになります。実際、日本人も物によることで生活は豊かになりました。
ですが、現在の日本の様に、これ以上の豊かさは、もはや物では得ることが出来なくなっている国々も存在します。
これからの日本は、如何にして物質社会と自然環境との折り合い、物質以上に精神を豊かにしていくのかということだと思います。

20世紀の終わりに近づいた頃、「人間の闇」「心の闇」という言葉が、新聞、マスコミで聞かれるようになりました。
それに平行して、「多重人格(解離性同一性障害)」「人格障害(パーソナリティ障害)」「精神分裂病(統合失調症)」などの精神鑑定用語をしばしば耳にしました。
私は、殆ど、知識もありません、元々そんなに関心もありませんでした。けれどそんな私でも、少し気になるほど、「精神的な病」「心の闇」というものが社会的にも大きな関心ごとになってきたようです。

物質社会の弊害、既にその刃は私達に向けられているようです。
自殺行為のような今までの惰性を続けるのか、思い直して方向修正するのか、これらは「今を生きる」私達自身が決定することです。

話が飛躍しましたが、天然石をさりげなく評価する。「これは自然を愛でる行為だと思います。「隣人の心のケアを考える」「人を思いやる」こんな積み重ねが、「精神を豊かにする」底力になるのではないでしょうか。

2013/08/18 (Sun) 20:35 | EDIT | REPLY |   

まーさん  

石という「他者」との関係

こんばんは。
今回の記事、非常に興味深く、また共感を以って読ませていただきました。

ワタクシは以前にも書きましたが、ほんの少しの間、天然石アクセサリーのお店で仕事をしていたことがあります。

その時に学んだことは「石の持つ絶対的な効能」というものは、厳密には存在しない、ということです。

人が天然石を持ちたいと望むとき、その多くは「心願成就」あるいは「病気平癒」などの願いが心の底に潜んでいるようです。実際お店のお客様には、石の効能を期待して来店される方が大勢いらっしゃいました。
しかしながら、店長始め私たちスタッフは、お客様に対し「一般に伝わる石の効能よりも、ご自分が気になる石、好きな石、フィーリングが合う石をチョイスして下さい」とお話していました。

仏教的な観点から言えば、「私」という現象は、生物・無生物にかかわらず、周囲のモノとの関係性の中でのみ在らしめられる存在です。そう考えると石もまた、「私」をこの世に存在させるための重要な「他者」であり、故に大切なのは世間に流布する一般論でなく、石と「私」との波長の合致だということです。

意識と無意識の世界がつながりやすく、不安定な精神状態にある方々にとって、石の効能に過度な期待を抱き、依存する気持ちを強めることは、非常に危険だとワタクシも思います。
あくまでも、自分が心地よくいられるためのアクセサリーとして持つことが適当かと思われます。
ちなみにワタクシは、最近黒い石を身につけるようになりました。以前はとても重たい感じがして、長時間持つことが出来なかったのですが、今は逆に、黒い石に安定感・安心感(地に足がついている感じ)を覚えます。
きっと、ワタクシ自身の心境の変化が、そのような現象を引き起こしているのでしょう。

2013/08/18 (Sun) 21:47 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: eiko さん

コメントありがとうございます!
悪い夢を見なくなったのは良かったですよね。夢って無意識からのメッセージという部分がありますから、心が安定していれば、変な夢を見ないのではないかと思います。
それにしても、eiko さんの夢に出演できて嬉しいです♪ 今でもフランス語で夢を見るなんて、やっぱり随分フランス語が身に付いていらっしゃいますよ!日本人同士でフランス語で喋っている夢なんて、面白いですね。eiko さんの夢の中で私に通じなかったのは、私がフランス語を忘れて、分からなくなっているからじゃないかな~?正夢かもです。
不安定な時期というのは、人によって違うかもしれませんね。一般的には思春期や、あとちょっと更年期ですかね・・・。実は私は中学生の頃、一回危ない所までいったことがあるのです。その頃は「精神疾患」とか知らなかったので医者に行かず、何とか自力で帰還したんですよ。それで私は、そうした領域の<泳ぎ方>をほんのちょっとだけ身に付けたのです。そういう事もあって、その後もそうした傾向のある方との接触が自然と多かったのかもしれません。

eiko さんの天然石との関わり方は、良い塩梅なんだと思いますよ^^
ちょっと遊び感覚の軽い気持ちで、気に入ったアクセサリーを着けるって、それだけで楽しくて、元気になれる事ですよね!

2013/08/19 (Mon) 01:33 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: ハゼドン様

丁寧なコメントをくださって、ありがとうございます!

おっしゃる通り、伝統的な言い伝えのあるものというのは、やはり意味があるのだと思います。このブログで、大分前ですが、物にはすべて「気」というものがあって、天然石はそれが強いのではないか、という意見を書かせて頂いたことがありました(そちらの記事は、アクセサリーのカテゴリーの中で、どこかに埋まってしまっていますが・・・)。

目に見えず、計測できないものというのは、その存在を証明することが難しいですが、たとえば「精神」だって不可視で計測できないけれど、存在しているのを皆さんよくご存知なわけです。人工物でも、それを作り出す人の精神があって存在しているということを考えると、私は物質よりも精神の方が、より根本的な存在なのではないかと思います。日本は物質的に豊かですが、そうしたものを一生懸命に開発し、作り出してきた人々の精神というものがあったのではないかと思います。

とはいえ、日本でも昨今の拝金主義的な競争社会にはストレスが多く、確かに憂うるべきことですね。ハゼドン様が仰るような人を思いやる精神が大切で、皆がほどほどに得て、皆で分け合うことができるようになれることを願わずにはいられません。もともと、日本人はそうだったのではないかと思うのですが、近年はアメリカのような社会の後を追っていますよね・・・。

2013/08/19 (Mon) 01:35 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: まーさん様

コメントくださって、ありがとうございます!
共感して頂き、とても嬉しいです。

天然石を扱ったご経験のある方は、問題のあるケースをよくご存じかもしれませんね。「天然石の絶対的な効果は厳密には存在しない」とおっしゃる通りだと思います。ある病気の治療のために開発される薬ですら、人によっては副作用が出てしまうくらいです。まして天然石は薬でもなく、人間が特定の何かをする助けになるという目的ではできていませんからねぇ・・・。まさに「石という他者との関係」で、有効性も関係性の中で出てくるものだと思います。依存という病んだ関係性ではなく、自分が主体性を持って、そこから何を得るかという点が重要だと思います。「自分が心地よくいられるためのアクセサリーとして持つことが適当」とおっしゃるのと、ほとんど同じ表現を、私もこちらのブログやアクセサリーのHP上で何度か使ったことがありました。やっぱり身に着けてくださる方々に、幸せになって頂きたいです。

天然石の効果が本当にあるなら、それで以前の問題は良くなっているはずですから、まーさんのように、必要な石が変わってくるのは、当たり前かもしれませんよね。

2013/08/19 (Mon) 01:37 | EDIT | REPLY |   

凛  

すごく興味深いです

とても読み応えのある、興味深いある記事をありがとうございます。
さすが、哲学に詳しいAriena様だけあって、色々と考えられているのだなと思いました。

石には一定のエネルギーはありますが、おっしゃるようにれを心から信じてしまうというか、暗示にかかりやすい方にとっては、
石そのもののエネルギーよりも、想念のエネルギーによる影響の方が強く出てしまうのかなと思います。
石は、あくまでもサポートであり、石が主人公ではない、ということを理解するのが大切だなと思いました。

Ariena様のアクセサリーは、そのものが石の力をあてにするような感じにできておらず、
その効果を知りつつも、単に素敵だから選び、気持ちよく優雅な気持ちでつけられる、そういった感じのアクセサリーだなと思います。
それだけでもそういった危険性はないような気もしますが、
そういった細かい部分にまで気を配られているのだなと、改めて素晴らしいなと思いいました。

2013/08/19 (Mon) 22:28 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: 凛さん

嬉しいコメント、ありがとうございます!

アクセサリー作りでも、サイト作りでも、実は非常に努力しているところで、この点を評価して頂けるのは、非常に嬉しいです。
パワーを期待して、というより、アクセサリーとして気に入って下さる方に、静かに寄り添ってサポートさせて頂けたら理想的だなぁと思いますし、できるだけ純粋にそういう事が起こるように工夫したいと思っています。
まーさんも上のコメント欄で、「他者との関係」という事を書いて下さいましたが、石との関係も基本、「友だち関係」が良いんじゃないかと思うのです。
つまり、何か良い事を期待して持つのではなく、単に好きだから持つという。。。
物にしても、事柄にしても、それって案外大事なんじゃないかと、私自身の中では一つの基準にしています。

2013/08/19 (Mon) 23:45 | EDIT | REPLY |   

uena  

なるほど!

意識と無意識の壁に、穴があいて無意識の領域から力があふれてしまう・・・なるほどです。
私にも、そのために自立できない友人がいます。
また、少し別の次元で「目が開く」という表現をされているスピな友人もいます。
そのどちらも『穴があいたのか・・・』と理解しました。
(念のためですが、特別な宗教や信仰はいっさい関係ありません・笑)

このごろ、パワーストーンをつけている方が増えたように思いますが、じゃらじゃらと金運、健康、恋愛、なにもかも全部!と身に着けたとしても石がかわいそうだな、という気持ちでみてしまいます。

その日の気分で相性もあって、つけてほっとする気分になるのが、私のパワーストーンとの毎日です。穴を埋めてくれてるのかも(笑)

2013/08/20 (Tue) 15:08 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: uena 様

コメント下さって、どうもありがとうございます!

確かに、パワーストーンを持って「意識と無意識との間の穴を開ける」よりも、むしろ「埋める」方が良いかもしれません!
変な事が一々気にならないというのは、ある意味、最強ですからねぇ。
そういえば、大学時代の友人の口癖が「気にしない、気にしない、考えない、考えない」というもので、哲学科で難しくなってしまっている私たち周りの同級生が、彼女のそのセリフに結構癒されていたのでした。

スピリチュアルか、危ないケースか、を区別する一つの目安は、ご自身でコントロールできるかどうかなのかもしれませんね。コントロールできない場合、たとえば、すごく霊感の強い方で、言うことが当たっている場合(つまり妄想でない場合)でも、ご自身が辛いかもしれません。

無意識の部分では他人との間に普遍的なつながりがある可能性がありますから、そうだとすると、いわゆるテレパシーも当然あり得るということになり、これはこれでまた、ちょっと面白いテーマです。

uena 様のブログのお写真も、楽しませて頂いていますよ~^^

2013/08/20 (Tue) 20:09 | EDIT | REPLY |   

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