27
2011

モノの持つ<気>について気付いた事

CATEGORY不思議な話
アメジスト、フローライト



よく天然石が「パワーストーン」と言われるのは何故なのでしょうか?

天然石に限らず、存在するものには全て、何らかの<気>や<波動>のようなものがあるいう気がします。私たちは全てのものから多かれ少なかれ何らかの<印象>のようなものを受け、それによって何らかの気分になっているものです。

ここでは、私自身が気付いた事を書きますが、私たちは普段から物を所持することにより、そこから<気>をもらい、また自分自身の<気>をそれに与えるというように、持ち物との間で<気>のやり取りをしています。

たとえば新しい物を手に入れた時、何となく気持ちに張りが出るのは、そこから新しい<気>をもらうからです。また逆に、持ち物が自分の物らしくなり、そこに愛着が生じるのは、そこに自分の<気>が移っているからです。

しかし、大概の人工物はさほど<気>やエネルギーが充実していないので、ある程度の期間を過ぎる頃から、持ち主に<気>を与える以上に、持ち主から<気>をもらうことで自分を維持するようになります。極端な例を言えば、空き家が不気味な死物のようになってしまうのは、住む人がいなくなり、<気>がすっかり枯れてしまうからだと考えられます。また、それほどでなくても、ずっと使わずにしまっておいた物を、私たちがあまり再び使う気になれないような場合も、それが持っている<気>が古くなってしまっているからです。もう一度それを生き生きとしたものにするには、持ち主がそこに<気>を注がなければなりません。

逆に、家を新築して家具や調度品も新調し、周り全体が新しくなってしまったような場合も、物から自分の<気>を吸い取られることが多くなり、疲れてしまうことがあります。

最近よく話題になるパワースポットとは、良い<気>やエネルギーが充満している場所です。したがって、私たちからエネルギーを吸い取ることなく、良い<気>を与えてくれます。ただし、たとえ神社や仏閣のような所でも午後の遅い時間などは、訪れる人たちが置いていく<気>によって淀みのようなものが生じることがあるようです。

パワースポットとは反対に、場所でも何があったせいか、<気>が枯れてしまっている所があります。「穢れ」は、気(ケ)枯れ(カレ)から生じた言葉だという説があります。尤も、これには文献学的な根拠はないそうですが。

『荘子』では、人が生まれるのは<気>が集まるからで、「<気>が集まれば<生>が生じ、<気>が散らばれば<死>となる」と言われているそうです。

いわゆるパワーストーンは、それ自体が持っている<気>やエネルギーが豊かなのでしょう。

私たちが天然石を持つ場合も、石との間で<気>のやり取りをします。つまり、私たちが石から<気>をもらうと同時に、石が私たちの悪い<気>を吸い取ってくれます。定期的にパワーストーンの浄化を行う必要があると言われるのはそのためです。仕事やストレスなどで疲れが溜まっているような時は、持っている石も疲れてしまうことがありますよね。




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3 Comments

eiko  

とても興味深く読ませていただきました。
気(ケ)枯れ(カレ)お話し、そういうことなんですね。
1年前のお引っ越しの時に、随分と物を処分しました。
なにか肩に背負っているような重たい気分がスッキリと取れたように感じました。
その分新しい物も少しずつ増え始めていますが、自分の「好き」を集めることは、
自分の気をかけてあげることなんですね。
自立した息子がなんとなく疎遠になっていくも、私の気が消えていったせいかな?

2011/11/29 (Tue) 23:46 | EDIT | REPLY |   

Ariane  

Re: eiko さん

やはりものを溜め込んでいると、自分の古くなった気に囲まれてくるようになりますから、いらないものを処分するというのは良いことですよね。
鎌倉の本屋さんがおっしゃっていましたが、今でも<断捨離>の本がよく売れるそうです。
捨てると新しいものが入り易くなり、そして新しいものが入ると活気が出て、ちょうど新陳代謝が良くなるような感じになりますよね。
<気分>って、<気>を<分ける>と書きますが、自分の好きなものに囲まれていると、その<好きなもの>の<気>を分け持つので、幸せな気持ちになるんですよねー。

2011/11/30 (Wed) 01:53 | EDIT | REPLY |   

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2011/11/30 (Wed) 20:56 | EDIT | REPLY |   

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